ジャマイカの虹 岩尾 東四郎
2008年5月掲載
前回に続き、またまたジャマイカの話です。来る前に想像していたジャマイカは、毎日燦燦と太陽が照り付けてゆるやかに涼しい風が吹き、南国の原色の花の周囲にはハチドリが飛び交う、そんな楽園のイメージ・・・。 でも住んでみれば何処も同じなのでしょう、観光パンフレットのようなイメージは当然あれよあれよという間に色が褪せ、そこで暮らす人々の変わらぬ営みが周囲の自然と共にゆっくりと、あぶり出しで書かれた文字のように顔を現し始める。
その日は雨季のためなのか、時折シャワー(にわか雨)がある少し肌寒い日だった。その頃首都キングストンに住んでいた私は、そこで多くのデザイナーと知り合う機会を得た。その中のひとり、テキスタイルのデザイナーが布を調達に行くというので私も彼女の車に同乗させてもらった。
ジャマイカは鉄道が無く、完全な車社会である。しかし、公共のバスは異邦人には必ずしも安全ではない。車を所有しない私は、機会を見つけては友人の車に同乗させてもらい、私用を済ませる事が時々あった。
連れて行ってもらったところは布の問屋さんのような場所で一階のフロアーは体育館のように広く、たくさんの布が広げられている。高い天井には五〇以上の大きな扇風機がゆっくりと回り、生ぬるい空気を撹乱していた。お目当ての布が見つからぬ友人は二階のフロアーへ行き、私も付き従った。そのフロアーの印象は、蒲田のユザワヤの布売り場二階にとてもよく似ているところだ。多くの布見本が細い通路の周囲に所狭しと並べられている。そこで友人が布の品定めをするのを待つことにした。
何分経った後だろう、突然部屋の電気が消え、真っ暗になってしまったのだ。この部屋には窓も無い。緊急時のライトも点かない。停電も実はこの国ではよくある事なのである。
身動きの出来ぬままじっと電気の回復を待っていると、突然柔らかいものが私を包んだ。驚いた。何とそのフロアーの女性従業員が暗闇の中で抱きついてきたのである。訳がわからずじっとしているとその彼女が「ねえみんな、私がいま何をしているかわかる?」と大声で言ってくすくすと笑っているのである。程なくして電気は回復し、私をつつんでいた黒く温かな体は何事も無かったかのように離れていった。
電気が点いてもすっかり舞い上がっている私をよそに、友人は早々と用を済ませ、階下の出口に向かっていった。私も直ぐに後を追った。外に出るとシャワー(にわか雨)は既に止んで、大きな虹が目の前にあった。
●岩尾 東四郎(いわおとうしろう)
田園調布南在住
グラフィックデザイナー 有名化粧品のパッケージデザインなどを手がける