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文文文(bunbunbun)

 

モノクロームに色を見る   森谷 修

2008年8月掲載

 

 「人間の想像力って、すごいものだねぇ。白黒写真なのに色が見えてくるよ」
  あごに白い髭をたくわえ、着物に草履、頭はつるつる、絵に描いたような江戸っ子のじいちゃんが僕に言った。僕は冷たい麦茶を一杯、じいちゃんに手渡した。じいちゃんは右手を二三度動かし、ありがとうというジェスチャーをしながら、ゴクゴクと飲み干していた。
  暑い夏の日だった。
  東京の神楽坂、古い木造家屋を改造した一軒家ギャラリー。僕はその場所で個展を開いていた。沖縄の風景に自身の思いを溶け込ませ、モノクロームで表現した写真達。撮影からプリント、額装に至るまで全てにこだわって発表したのだった。
  ただ、多くの人にとって、沖縄の海を撮った写真に色がないのは物足りないらしい。何故カラーじゃないのか、毎日その質問と戦った。だからこそ、白髭じいちゃんの言葉には随分救われた気がした。伝わる人にはちゃんと伝わるものだなぁとホッとした。
  じいちゃんは、少し暗めのグレーで表現された空から、真夏の沖縄の青く透き通る青色を見いだした。海はパステルがかったエメラルドグリーン。砂浜は白い。白と黒とグレーの濃淡だけで表現されているのに、色は勝手に見えてくる。
  同時にじいちゃんは、木陰の涼やかさ、まとわりつく湿気、南国の空気を肌で感じる事となる。懐から出した扇子をバタバタさせながら、大声で「これなんかさぁ」と一枚一枚の写真に見入ってくれた。
  今からちょうど4年前、暑い夏の日の出来事。 
僕はこの夏、自身2冊目となる単行本を出版する。全編モノクロ写真。そしてエッセイ。あの白髭じいちゃんにも見てもらいたいのだが・・・。
  同じ場所で個展を開いたら、またフラリとやってきてくれるだろうか。
『ライカの魔法』 エイ出版社 A5判 1500円+税 08年7月26日発売

(もりや おさむ)

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