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自らの「いのち」を守るために (2)

「いただきます」のこころ   安中 正行  

2011年8月掲載  

 

 ここに乙川優三郎の著作「かずら野」がある。簡単に言えば、男と女の日常の葛藤を描いた時代小説である。「かずら」はつる草の仲間。他のものにからみつき、よじ上る草木のことである。人も同じで、他のものとあらゆる諸関係で結びついている。
  魚を捌き、鶏をさばき、野菜をさばいて、私達は様々な他の命を食べて私達のいのちをつなげている。だから「いただきます」と言うのだと思う。世間話だが、「給食費を払っているのに “いただきます ”と言うのは何ですか」と語る親が増えているそうです。何か勘違いしているのではないかい。
  スーパーに行けばパックされた野菜、鶏肉、魚、加工品が溢れている。そこには、あらゆる動植物のいのちを奪って生きていることへの想像力を働かせるものはこれっぽっちもない。命あるものを工業製品だと思っているかも知れないな、と私としては思ってしまう。
 スーパーやコンビニなどには会話がない。魚屋、八百屋、肉屋等が消えて行くが寂しい。魚屋さんは新鮮な、かわった魚の食べ方、煮付け、焼き魚など美味しく食べる料理の仕方を教えた。八百屋でも然り、旬の野菜の料理を教えた。そこに様々な会話が有ったのは確かだ。
 今、震災・原発事故を考えると気が重くなってしまう。みなさんも新聞・テレビ・ラジオを読み、聴くと心や身体が縮んでしまうような思いをされているのではないだろうか。世の中、コミュニケーションの場がない。
 そこで、いのくら屋では、毎週水曜日にお茶会を行うことにした。教育の話し、人々の話し、子育ての話しなどをしながら、抹茶を点てて飲もう。作法にのっとってということはない。真剣にお茶を修行している人達に怒られるか。(無作法なムサジジで、失礼しました)「抹茶は疲れが取れると聞く。心の疲れをとりましょうや」と呼びかけた。すると、面白いのは、なぜか押し入れに仕舞ってあった茶碗を持ち寄ってきた。
 ことの始まりは、山王三丁目の「海鮮屋台」の伊藤さん、と言ってもわからないか。いのくら屋の近くで、函館から新鮮な魚を産直して焼酎を飲ませる店がある。そのお店で、疲れているお客さんに抹茶をたてたそうな。茶筅で茶をかきまわして泡をたてているあいだ背骨をまっすぐにして待っているそうだ。姿勢が良くなると伊藤さんは喜んでいる。お客さんは忙しく日々の生活を送っている。そのつかの間に立てたお茶を飲むとなぜか疲れがとれると言うのだ。
 商売をしているものとして、さまざまな会話があってこそ、この世の閉塞状態を吹き飛ばすことができると見ている。コミュニケーションが生まれれば、飽きない。飽きないは商いにつながる。どなたでも参加自由、お待ちしています。

 

●安中正行(あんなか まさゆき)羽田在住
いのくら屋 大田区中央1-15-1-102 
TEL(3755)9323 

営業時間 9時〜18 時

定休日 日曜・祭日

 

 

 

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